こんにちは、きなです。
タイトルだけ知っている本を読んでみようシリーズ、今回はJ.D.サリンジャー/訳:村上春樹の「ライ麦畑でつかまえて」こと「キャッチャー・イン・ザ・ライ」です。
「10代の頃に読むと良い本」として有名な印象。また、テレビで某大学の方がかつて影響を受けたと紹介していたのをちょうど見かけて気になってました。村上さんもお噂はかねがね…って感じでしたがちゃんと読んだことなかったのでこれを機に初挑戦。
※ネタバレを含みます!未読の方注意!※
寄宿学校を退学になった16歳の少年が、クリスマス前のニューヨークの街を彷徨う数日間のお話。(てっきりタイトルのライ麦畑を舞台にした話かと思ってた…)
まず令和の日本といろいろと世界観が違うのに驚きました笑 子どもが普通にめちゃくちゃ煙草吸うしお酒飲む…ワオ…
最初から半分を過ぎるくらいまで、何にでも文句言うし全てを見下してるしずっと気が滅入っているギザギザハートっぷりで、全くも〜この子は〜!という親戚か近所のおばちゃんの気持ち。都市の華やかさの裏の危険な雰囲気や冬の冷たく寂しい空気と相まって、一体どうなっていくんだこの子は…大丈夫なのか…とハラハラしながら読み進めてました。
でも終盤になって、妹のフィービーと話す場面でようやくこの子の本心に触れられた気がしました。
「誰かが死んじまったからって、それだけでそいつのことが好きであることをやめなくちゃいけないのかい?とくに、その死んじゃった誰かが、今生きているほかの連中より千倍くらいいいやつだったというような場合にはさ」
ここを読んで、そっかあ、と声が出ました。理解できないと思ってたこの子の行動が一気に腑に落ちる感覚。
大好きな弟を亡くして、悪くないと思っていたクラスメイトが身を投げるのを見てしまって。そしたら彼らよりも愚かに見える人が普通に毎日生きている世界の不条理さに絶望してしまったというか。確かになあ。わからなくもないかもしれない。
そしてそれをどうすることもできなかった自分への絶望も入っているような。衝動的で破滅的にみえるこの数日間の足取りも、何もかもに対して気が滅入ると言うのも、すべて自分への裏返しのように感じました。
本当にやりたいのは、ライ麦畑で走り回る無邪気な子どもたちが崖から落ちないように捕まえるようなこと。そう言う辺り、本当のこの子の芯には純粋さや誠実さがあり、それを愛し守りたい気持ちがあり、それに応えてくれる世界を望んでいるんだろうな。
でも実際の世界は残念ながらそうでもない。そのことを知ってしまう時期なんですよね、10代って…。(嚙みしめ)
その後かつての先生が、君には勉強が必要だ、として語る言葉が一番好きです。
「そして君は自分という人間の正しい寸法を知り、君の知力にふさわしい衣をまとうことができるようになる」
欲するものが得られない絶望とその落下。そこから逃れるためには、勉強して自分の器を知ること、それにふさわしい知を得ること。
学生の頃に必ず一度は抱く、どうして勉強なんてしなきゃいけないの?という疑問へのひとつの解だなあ、と思います。
自分という人間の大きさを知るため、それにふさわしい行いを身につけた大人になるため。そうして生きていく絶望と折り合いをつけられるようにするため。そのために必要なのが勉強なのだ、と。
確かに10代に刺さったり、影響を受ける人がいるというのがわかる気がします。(とはいえ自分が10代だったらここまで読み進める間に挫折してそう…笑)
繊細な10代の心に触れられたようで良かった。ホールデン、幸せになってくれ。
村上さんのちょっと、いやだいぶクセのある訳が(どこまでが原語が元々こうで、どこからが村上訳の味なのか分からないけど)また皮肉たっぷりな彼に合ってて美味しかったですね。ほんとの話。

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