こんにちは、きなです。
タイトルだけ知っている本を読んでみようシリーズ、今回は東野圭吾さんの「容疑者Xの献身」です。
ドラマをあまり見ないしミステリも読まない私ですが、「ガリレオ」シリーズは有名すぎてなんとなく知っていましたし、こちらのタイトルで映画化されていて評判も良いらしいというのは聞いたことがありました。
そのくらい人気という認識だったので、7月の訃報には驚きましたね…。ご冥福をお祈りします。そしてこの機会に…というと微妙ですが、そのニュースでも代表作としてほぼ必ず挙げられていた「容疑者X」を読んでみることにしました。
以下つらつらと語っていきます。
※トリック・結末など重大なネタバレを多数含みます!未読の方注意!※
あらすじはこちら。(Amazonの商品紹介より引用)
天才数学者でありながら不遇な日日を送っていた高校教師の石神は、一人娘と暮らす隣人の靖子に秘かな想いを寄せていた。彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、二人を救うため完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の湯川学が、その謎に挑むことになる。
まず読み終わった第一声は、
うわ〜〜〜!???嘘だろ〜〜〜〜!??????ていうかここで終わるの〜〜〜〜!!!???
でした。笑
いやーーーーびっくりした…いろいろと予想を超えてきたというか…。いやミステリ初心者には石神の考えてることがわからなすぎて推理も何もできてなかったのですが。こっちもまんまと警察と同じように誘導されてたってことだな~。
ミステリというと、謎の事件が起こり、探偵が手掛かりを集めて推理し、犯人を当てる…という王道のイメージばかりがあったので、最初から読者には犯人も動機も手段もわかっていて、なのに何らかの仕掛けで真相が暴かれないという「謎」もあるんだなあと新鮮な気持ちでした。
そもそも「日付が違うかも」とか「遺体は別人かも」とか1ミリも疑わなかった…。道理で早々に靖子疑うところまで来て、えっこのペースじゃすぐバレちゃうんじゃないの?大丈夫??と思ったのにそこから何してもさっぱり進まないわけですわ。お見事。
最初の意味深なホームレス観察描写とか、サラッと出てその後触れられない自転車の調査とか、全部意味ないわけなかったんだよな〜!ちゃんとホームレス描写の推移を見比べてたら一人減ってることにも気づいたのかな…うわ〜〜!
(ていうか身代わりのホームレス可哀想すぎるな…この話で一番理不尽な被害者すぎる。成仏してください。いや毎晩石神の夢枕に立って呪っても致し方なしではある)
こういう、トリックを知って「言われてみたら確かにそうじゃん…!」と驚かされる気持ちよさは確かに他の小説にない面白い体験ですね…。殺人事件とか怖いし…と食わず嫌い気味だったけど、いろいろとミステリも手を出してみたくなりました。いやでも言われなきゃわかんないって~~
あとびっくりするほど読みやすくて、あっという間にぐんぐん読めてしまってびっくりしました。映像化されてるのを知ってる・会話文が多いのもあるのでしょうが、映像が目に浮かぶ文章というか。これが東野圭吾…さすが人気なわけですわ…。
今まで読んできた本が概ねハッピーエンドというか、ハッピーと言わずとも静かな余韻とともに終わるものが多かったので、表立って感情を見せなかった石神の壮絶な慟哭で終わるのがまた刺さりました。
私のことなどどうか忘れてください
そんなことを心から願うほどに
今でもあなたは私の光
(Lemon/米津玄師)
あなたへと渡す手紙のため
いろいろと思い出した
どれだって美しいけれども
一つも書くことなどないんだ
(略)
こんな話など忘れておくれ
言いたいことはひとつもないさ
(vivi/米津玄師)
これなんだよなあ……………(オタク、すぐ米津玄師曲でイメソンを考えがち)
無関係の人の殺人にまで手を染めながら、自分の存在は忘れてくれと願うほどに見返りを求めない献身。確かに純粋で究極の愛だ…それでいて絶対に許されない犯罪だ……。
殺人をもう一件発生させて警察の捜査を”ずらす”というトリック、なんとなく中学の数学で習った図形の「ねじれの位置」を思い出しました。 座標は近いのに絶対に交わらない線。石神は親子を、警察の捜査という線からねじれの位置にずらしたんだなあ。
数学者だから「容疑者X」なのも途中で気づいたけどとても好きです。 X=?を解けと…おしゃれだな…。そして記憶に残らなくていい、名前を残さなくていいという意味での名無しの”X”だったりするのかなとか。
しかしその完璧な計画を湯川が暴けたのも、(湯川が鋭すぎるのを置いといても)何気ない発言から恋してるってわかるほど石神のことを理解していたからだし、「ふたつの問題を織り交ぜる」という手法に共感する学者同士の絆があったからなんだよなあ、というのがまた切ない。
理解して共感できる友人がいた、いても止められなかった、いたから真実が暴かれた。おお……もう…………と頭を抱えてしまう。でもこういうやりきれなさで頭を抱えるの好きなやつです…。
人は時に、健気に生きているだけで、誰かを救っていることがある。
石神が親子との過去を振り返る場面のこの一文が一番好きかもしれません。 生きてるだけで救い救われる。そんな世界であってほしいという優しい希望が好き。
自分語りですが、私は善良に生きていきたいと思っているしできる限りそう努めています。でも現状子どもを残す予定はないし、頑張って働くよりマイペースに好きなことをして生きていきたいと考えてます。
それで人から責められるいわれもないとは思うけれど、世のためになっているか?何か世界に貢献できているのか?と自問してしまう部分もあって。
そういう後ろめたさに対して、善良に生きているだけで誰かのためになる、というのはとても救われる気持ちになりました。
読者としては石神も親子も幸せになってほしいと思ってしまうけど、殺人を犯してしまった以上それは許されないんだろうなあ、とつい彼らのその後のことを考えてしまいます。
美里ちゃんが手首切ったのも殺人を隠して生きていくことに耐えられなかった(+その状態で他の男と近づいてる母親への不信・落胆)のだろうし… 美里ちゃんにそんな素振り無いように見えたから急で驚いたけど、それだけ誰も美里ちゃんを見れていなかった、気持ちに気づけていなかったってことなんだろうなあと思うと切ない。
湯川が真実を告げなかったり、靖子が自首しなかったとしても、いずれこういった精神的な歪みから親子側の殺人は明るみに出てそうな気がしてしまいます。石神の計画の唯一の綻びといえば、そういう人の心を織り込んでなさそうなところだったんだろうか…。
親子は情状酌量の余地があるかもしれないけど美里ちゃんの将来に影を落とすのは避けられないだろうし、石神は無関係の人を殺した罪と結局愛した人を救いきれなかった無念さを抱えて生きていくんだろうか…。
救われない〜〜〜でもやってしまったことに対して正しい裁きではあるのかもしれない〜〜そもそも最初に殴ったのは美里ちゃんではあるし…いやでもあれは富樫が悪くて…と考えだすとキリがなくて苦しい。
どうすればよかったのか、どうしようもなかったのか、誰が悪かったのか、誰もが悪かったのか。
この苦しいよ~と転がってる時間が作品に情緒転がされてる感じがして楽しいんですよね…。映画ちいかわの感想で「東野圭吾作品みたい」と言われている意味を理解しました。(普通逆だと思う)
もっと情緒転がされたいので他の作品も読んでみたいなあと思います。「白夜行」が気になるな~。


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